WAVES Abbey Road Collection トップエンジニアが語るその真価:グレゴリ・ジェルメン氏
このスタジオには数多くのアウトボードがあって、ヴィンテージからモダンなものまで網羅されていますね。そして、モデリング系のプラグインも多用されているとお伺いしました。どのように使い分けていらっしゃるのですか?
2020.01.01
やはりトータルリコールできることが僕にとっては重要なので、細かくチャンネル毎に使用するのは、圧倒的にプラグインが多いですね。アウトボードはバスとかトータルとかに使うケースが多く、ここは使い分けですね。
グレゴリさんには弊社の「ミックスがうまくなるTips」シリーズにて、WAVESプラグイン実践講座にもご協力をいただいています。一連のビデオを拝見していると、モデリング系のプラグインのほかに、RenaissanceシリーズやQ10、C1など昔からあるデジタル系ツールまで幅広く使ってくださっていますね。
RenaissanceシリーズやQ10、C1などは「どう処理すべきかがもう分かっている」トラックに対して使いますね。システマティックに考えたい、処理したいときには今でも使います。対してモデリング系のプラグインは、カラーや色気をつける、雰囲気を出すための使い方をします。特にいまは実機と変わらないレベルのモデリング系プラグインが増えてきたから、結構積極的に使いますね。
そんな中でWAVESとAbbey Roadの共同開発プラグイン、Abbey Road Collectionを使っていただいた印象をお伺いしたいなと考えています。
Abbey Road Collectionは結構特殊で、そもそも実機を触ったことのある人が圧倒的に少ないですよね。触ることができる可能性がほぼゼロのものが、こうしてプラグインとして使えるようになっているのが魅力です。
全体的な印象をお聞かせください。
全体的に深み、重みを感じました。他のモデリング系のプラグインと比較しても深みが違うなと感じています。アビー・ロードの機材がもつ歴史の厚さまで感じられるとでもいうか。
例えば1176のコンプは色々なメーカーがプラグインを作っていますよね。でもあれは、それぞれのメーカーが色々なところから1176を探してきて、それをモデリングしている。結局どんな状態の1176をコピーしたのか分からないし、ヴィンテージだから一台一台音が違うはずなんです。だから「これが1176の音だ」と語るのはおかしい話なんですよ。
メンテナンスの程度も一台一台違うでしょうしね
。その通り。その点WAVESは、1176に関して言えばCLA(クリス・ロード・アルジ)の所有する1176をコピーしました、とか、アビー・ロードスタジオにあるコンソールをコピーしましたとか、ちゃんとプラグインにも「意味をもたせてる」んですよね。ここに好感を持っているし、選択肢の1つとして使いたくなるんです。間違いなく世界最高のメンテナンスを受けている機材たちだろうしね。
当時の”実験精神”までをプラグインに残してくれている
WAVESプラグイン実践講座でも、J37をテープシミュレーションだけでなく、ディレイとして使っていらっしゃるのも印象的でした。
アビー・ロードスタジオというとビートルズとか、ピンク・フロイドなんかのイメージが強いと思うんですが、当時実際にテープを使って行われた遊びや実験にすごく興味があって、以前所属していたスタジオにあったテープで同じようなことをやってみようとしたんですよ。でも、難しくてできなかった。どうしてもあの音は出ないんです。Abbey Road J37 Tapeを使ってまず最初に試したのはまさにあの当時のテープディレイのエフェクト。ストレートな使い方ではないけど、クリエイティブな使い方をしたかったんです。そしたら一発で「あの」音が出た。
実際のJ37にはついているはずもない、Delayつまみがあるので、テープを痛めることなく得られるのはいいことですね!
アビー・ロードスタジオで実際に行われていた実験やその精神までもプラグインの中に残してくれている。受け継ぐべき「音」ということなんでしょうね。もちろん一般的なテープサウンドとしても優秀で、パーカッションやタムのトランジェントを「ちょっと鈍らせる」ような使い方にも合っていますね。
よくテープ系のプラグインで「丸くなる」といった表現を耳にしますが、エンジニアにとってどういった利点があるのでしょう?
普通のEQやコンプを使って、最後にリミッターなどを挟んで音作りをするだけももちろん良いのですが、アタックが強めなサウンドの場合、どうしても最後のリミッターで音が歪んでしまう。好みのリミッティングができないということが起きたときに、こういったテープ系のプラグインをリミッターの前に使ってトランジェントを滑らかにしてあげるんですね。そのとき、わざとテープスピードを遅い設定にしたりしてあげる。そうすると、リミッターの掛かりが浅くなるんですよ。音がなだらかになってくれる。逆にいえば、もっと強くリミッティングができるとも言えます。J37 Tapeにはテープスピード、ワウフラッター、BIAS、テープへの入力レベル、さらにはテープの種類まで選べるので、カラフルなサウンドが得られるんですね。
なるほど、音の変化だけでなく、他のプロセッサーへも余裕を与えることができるという利点もあるのですね。トーンコントロールという意味では60年代からアビー・ロードスタジオで活躍するREDDコンソールを再現した、REDDもあります。
REDDならシンセに使うことが多いかな。深みのない、キラキラしすぎた薄いシンセにはよく使いますし、パーカッション系のトラックにも一番最初にインサートするのがREDDですね。実際にアナログのコンソールを通したときの音質だけでなくて「ワークフロー、シグナルフロー」も感じられるんですよ。
「ここを通って音になる!」みたいな感じですかね?
そうそう!それから同じチャンネルストリップ系でも、TG12345コンソールをモデリングしたEMI TG 12345 Channel Stripも好きです。こっちのコンプは結構トリッキーで、”Hold” のパラメータがキモ。サステインが一定ではないようなベースとか、ローズなどのエレピ、ピアノにはよく使いますね。このプラグインにインプットするボリュームでコンプのかかり具合がかなり変わるので、使いづらいと思う人もいるかもしれないけど、それが味でいいんです。ちゃんとインプットボリュームを設定してあげればいい。全て生楽器のセッションとかのときはREDDの方を好んで使ったりしますが、いずれにしてもこの2つはよく使うチャンネルストリップですね。
それからAbbey Road Vinylは完全にエフェクターとして使っていますね。ループのサウンドをちょっと面白くしたいとか、ローファイにしたいとき、あえてレンジを狭くしたいときに使うし、RS56 Passive Equalizerはバスのマスター、グループなどにインサートして使うことが多いかな。
RS56、アビー・ロードスタジオに長年マスタリングのEQとして鎮座する通称「カーブベンダー」ですね。
現行品としてリリースされているChandler Limitedのカーブベンダー、実はあれはRS56と同じ回路設計らしくて、実際に使ったこともあります。高域の美しいところが気持ちよく出せることと、ウェイトを足したいと思ったときに得られる低域、中低域の質感が好きなんです。この時代の機材は、とにかく大きいトランスや真空管が惜しげもなく使われていて、それゆえか音がめちゃくちゃ太い。現行品のハードウェアはいかに省スペースにするかが第一なので、この太さはどうしても得られないんですよ。WAVESのこのプラグインは、その太さをプラグインで得られます。
なるほど、その部分が先ほど触れられていた「深さ・重み・厚さ」ということでしょうか。
そういう部分を感じますね。ここが、他のモデリング系のプラグインとは全然違う部分です。
Abbey Road Reverb Platesはいかがですか?EMT140のエミュレーションプラグインは各社からリリースされていますが、これはアビー・ロードスタジオに常設された歴史あるカスタムEMT 140を実際に解析し、オフィシャルにリリースされたプラグインです。
結構使います。うちのスタジオには実際のEMT 140がありますが、このリバーブだけはなかなか聴き比べをすることも難しいし、ましてAbbey Road Reverb Platesはそこに常設されていたカスタムものですから、実際の音を聞いたことがある人の方が少ないですよね。僕の印象では、すごく色気の強い、いい意味でクセのあるリバーブだなと思っています。ミックスの中でずっと使うというよりは、ピンポイントで効果的に使ってあげると本当にこのプレートの良さを引き出せる気がしますね。アドリブのプレイとかちょっとしたフェイクに使って、「際立たせたい」トラックに使うとぴったりなんです。
Abbey Road Collectionsに収録されているプラグインの多くは、ステレオ処理だけでなくMSの処理もできるようになっています。これは、活用されていますか?
使いますね。ドラムのオーバーヘッドだったり、シンセを真ん中から逃がしたいときに使います。特にシンセの場合は、パッドなんかを多用している曲で全体的に重くなってしまったときに真ん中のスペースを空けておかないと、ボーカルやベースの居場所がなくなってしまう。MSモードにして、S(Side)側だけにハイをブーストして少しドライブをかけてあげると、広がりがでるんですよ。
使っているプラグインは歴史あるヴィンテージのものなのに、モダンな使い方をしているということですね。
はい、これはオリジナルの実機ではできない処理ですからね。プラグインだからこそのアドバンテージともいえます。僕の場合はハードウェアのアウトボードも併用しながらミックスをしますが、プラグインだけのいわゆるインザボックスでもめちゃくちゃ格好いいミックスをする人もたくさんいます。例えばアンドリュー・シェップスとかチャド・ブレイクなんかは有名ですよね。やり方を見てみると、アナログモデリング系のプラグインを複数重ねて「ちょっとづつアナログのフレーバーを重ねていく、その上でモデリング系プラグインを重ねる」という方法なんです。
なるほど、1つのプラグインで処理をしすぎず、複数のプラグインからアナログのフィールをちょっとづつ得ていき、重ね合わせるということですね。
そう。これはAbbey Road Collectionに限りませんが、WAVESのプラグインはそのフレーバーをきっちり感じさせてくれるのが、素晴らしいですね。
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