アナログ・マジックをDAWに注ぐWAVESのテクニック
私たちWAVESは、「アナログギアのプラグインを作るとき、どのようなステップでモデリングを行なっているの?」という質問をよく受けます。多くの人にとって、アナログモデリングはとても謎めいたプロセスです。ここで、実在するハードウェアがどのようにソフトウェアプラグインに変身をするのかご覧にいれましょう。
2020.01.01
WAVES製品のいくつかのプラグインは、「モデリング」というプロセスを経て昔ながらのアナログギアをキャプチャして作られています。アビー・ロード・スタジオに実在するビンテージハードウェアや、大人気のSSLコンソールを私たちが「どのように」キャプチャしているのか、ここでは人気のあるこれらのプラグインを例にとれば伝わりやすいかもしれませんね。
日々モデリング系のプラグインを使用する人たちにとっても、「モデリング」というプロセスは謎だらけのはず。でも、アナログギアが好きな人には興味津々であることでしょう。ここではWAVESのモデリング哲学と技術、プロセスの謎を解き明かし、また技術だけではなしえないモデリングにまつわる「人間的な要素」にも光を当てたいと思います。
ベストな個体を探す
一番最初に決めなければいけないことは「どの個体をモデリングするか」です。簡単なことに聞こえるかもしれませんが、決してそんなことはありません。WAVESはコラボレーションを非常に重視しているので、アーティスト、プロダクトマネージャー、技術部、音楽業界に携わる人たちと綿密な打ち合わせを経てモデリングすべき個体を決定します。ここで特筆しておきたいことは、WAVESはユーザーからの批評やフィードバックをとても重視しており、それに基づいて製品を開発しているということ。だからこそ、私たちはプレミアムソフトウェア会社として長きに渡り存在できているのだと思います。
これまでも多くの製品のアイディアは、私たちとお付き合いのあるアーティストやプロデューサー、エンジニアから出たものをベースにしており、彼らはWAVESのプロダクト部とともにアイディアを練ります。どういった機材をリサーチすべきかWAVESがアイディアを出し、それについてアーティストたちからフィードバックを得ます。
つまりWAVESは「コラボレーション」を最も大事にしている、ということ。例えばアビー・ロードスタジオのエンジニアとテックスタッフの専門知識がなければ、ビンテージギアをプラグイン化するということは不可能でした。彼らは素晴らしいビンテージギアのコレクションを所有しているだけでなく、非常によくメンテナンスが施されており、理想的な状態で動作するようにキャリブレーションも完璧でした。これにより、ソフトウェアのエミュレーション作業はそのギアの本質だけでなく、過去の名盤で聴こえていた通り「こうあるべき」な音をキャプチャーできたとも言えます。
アビー・ロードスタジオでモデリングされたJ37テープマシンの原型
WAVESのAbbey Road J37プラグインが完璧に実機の音を再現できた(アビー・ロードスタジオ所属のエンジニアによる監修を経て)理由の1つは、バイアスキャリブレーションが「60年代および70年代」のドキュメントに基づいているからです。バイアス値はテープの音に大きな影響を与えますが、半世紀前の人々がどのような設定を行なって最高の音を得ていたかを知ることで、プラグインにも同様の特徴を与える決断ができました。また、幸いアビー・ロードのエンジニアたちが微細に渡るフィードバックを出してくれたことで、モデリングをより正確に行うことができました。オシロスコープで見えるものだけが正解ではなく、そのヴィンテージギアがどのように鳴っていたのかを知っているのは、他ならぬ彼らだからとも言えます。
モデリングには数ヶ月、極端な場合では数年かかる上に、その間に膨大な量のやりとりが伴います。つまり、関係する1人1人による真剣な取り組みが必要なのです。例えばWAVES PRS Supermodels(ギターアンプモデリング・ソフトウェア)のモデリングを例にあげると、私たちが対象となる実際のアンプを入手し、プラグイン化を思いつき、(PRS創業者の)ポール・リード・スミス氏に提案。その場ですぐさま賛同を得られるといったことはなく、プラグイン化のあらゆる過程でポールは関わり、進捗状況を随時確認し、厳密なフィードバックと批評をもらってやっと完成にいたりました。
参照:Paul Reed SmithによるPRS SuperModelsのモデリング
モデリングするユニットを選ぶ
アナログギアのモデリングをする全メーカーが直面する課題は、モデリングする実際のユニットを選ぶことです。アナログ製品には実に多くの種類があります。パーツ単位での個体差に加え、長きにわたって生産されたアナログギアは生産された時期によって異なるリビジョンの製品がある場合があるからです。
このような理由からソフトウェア会社は、同じユニットを複数台探し、その中から最適なものを選び出してモデリングの対象とするのです。
私たちWAVESはアーティストやプロデューサー、エンジニア達との特別な関係により、実際に彼らを象徴するサウンドやヒット曲の制作に使われてきたユニットそのものを使用させてもらうことができ、これをモデリングに使用できます。私たちは「単に音のいいもの」を作りたいだけではありません。アンドリュー・シェップス、クリス・ロード・アルジ、ジャック・ジョセフ・プイグといった一流の方々が最も気に入っていて、かつ頻繁にスタジオに持ち込まれ、何度も使い込まれ、そして最も大事な要素である「最高の状態にキャリブレーション、メンテナンスされている」ユニットをモデリングしたいのです。
FairchildコンプレッサーとPulteqのイコライザーをジャック・ジョセフ・プイグのスタジオでモデリングしたこと。Urei 1176LNやTeletronix LA-2AやUrei LA-3Aをクリス・ロード・アルジのスタジオでモデリングしたことなどがこのパターンに当てはまります。モデリングできればどのユニットでもよかったわけではなく、クリスがミキシングに使って、日々の音楽制作で経年に耐え抜いた「特定の」ユニットをモデリングしたかったのです。
それだけではありません。アナログハードウェアを所有している人なら誰しもわかると思いますが、なぜか同じユニットでも日によって少し違う聴こえ方がするときがあると思います。例えばジャック・ジョセフ・プイグとFairchildコンプレッサーをモデリングしたとき、ジャックは複数あるFairchildの中から最もお気に入りのものを選んだだけでなく、そのユニットの最高の状態の音がでるまで結果を何度も比較することにこだわりました。
このビデオではジャックがそのプロセスを解説しています。
モデリングプロセス
モデリングをするユニット、アーティスト、協力スタジオまたはメーカーなどが決まったら、モデリング対象を定量化(一般には質的にしか表せないと考えられている物事を、数値で記述・分析すること)するという骨の折れる作業が始まります。
これは想像以上に複雑な作業で、ゆえにアナログユニットのモデリングには膨大な時間がかかると言えます。例えばLA-2Aは人気のコンプレッサー/リミッターで、ノブが2つ、トリムポット、およびコンプレッサー/リミッタースイッチしかないので、モデリング作業は簡単だと思われることでしょう。しかし、Hi-Freqのトリムポットを変更すると、連動して高域の圧縮量が変化するといった特性もあるのです。さらに光学式のゲインコントロールテクノロジーの反応は非常に複雑なもの。例えばリリースタイムは調整できませんが、シグナルの減衰に伴ってダイナミックに変化するといった特性もあります。
「モデリング系のプラグイン」が登場し始めたとき、アナログギアはまるで「ブラックボックス」といった扱いで、インプットされた信号がアウトプット時にどう変化したかをモデリングしていただけでした。PCが毎秒処理できる計算に限りがある中で、プラグインはリアルタイムで処理をする必要があったため、モデリングはシンプルでなければならなかったのです。一部の古いプラグインが高サンプルレートで動作しなかったり、過度な遅延が発生したり、あるいは再生前にレンダリングをしなければならなかったのはこのためです。単純に、この時代のPCには処理が重すぎたということ。
幸いPCの処理能力は飛躍的に進化し、膨大な量の処理をリアルタイムで難なくこなせるようになりました。これにより、はるかに精細なモデリングができるようになりましたが、同時にこのような精度の向上は、アナログギアのモデリングにかかる時間も増加させることになったのです。
WAVESでは、アナログギアをパーツレベル、コンポーネント別にモデリングします。これにはアナログギアの各コンポーネントがサウンドに与える影響と、異なる設定や操作状況でサウンドがどう変化するのかという分析も必要です。
アビー・ロードREDD.37コンソール原型のモデリング
モデリングの最初のステップは、まずハードウェアを開けて回路図と比較を行うこと。多くの場合、ハードウェアと回路図が同じであるといったことはほぼなく、だからこそこの作業が非常に重要なのです。誰かがコンポーネントの設定値を更新したり、パーツ交換をしたことを記録し忘れるといったこともあります。言い換えると「旧型の」回路と一致する実機を見つける必要があるということです。
ユニットを開け、回路図や他のユニットと比較し、ハードウェア内の信号の流れが完全に理解できたら、ここで初めて分析プロセスの開始です。アナログなので本来は数値化できない機器のふるまいを数式にしていきます。音量を上げれば音が大きくなり、別のコンデンサーに切り替えるとパッシブフィルターの周波数特性が変化する、といった程度のものなら簡単です。しかし、複数のアナログフィルターの設定を変更したときに発生する位相の変化は、それ自体が「コンポーネント」ではないので非常に難しい。だからこそ膨大な時間をかけ、複数のアナログフィルターを変化させたときのふるまいを「コンポーネント」であるかのように数値化し、方程式を作って行く必要があるのです。
PRS SuperModelsプラグイン製作のため、実際のアンプをコンポーネントごとにモデリング
MATLABやPSpiceなどのプログラムを使ってハードウェア全体を数値化するところまで終わったら、モデリング元となったアナログギアとプラグインのパフォーマンス比較を行います。ハードウェアにはトランジスタ、真空管、トランス、電源などの各コンポーネントや、その他のパーツがサウンドにどのような影響を与えるかがわかる、膨大な測定マトリクスが必要となります。
例えば真空管ステージに送られるゲインが大きい場合、トランスの反応が変わることがあります。トランスの前段で激しいドライブがかかっていると、チューブの反応が変わることがあるのです。こういったふるまいを再現することは、サウンドだけでなく操作しているときの「アナログ感」にも繋がるため、必要な要素です。モデリング対象機の広範な測定をしたあと、回路内の特定のポイント同士を比較して、結果が一致することを確認するのです
リアリティテスト
精密なリスニングテストをするまでは、モデリングを完了したとは言えません。最後のステップではハードウェアとプラグインをリアルタイムに比較・分析します。これが真のモデルテストです。もちろん、このテストでは協力アーティストやオリジナル機の製造者、アビー・ロード製品の場合はオリジナル機を毎日使っているアビー・ロードエンジニアの協力を得て進めます。
テストにおいてはよく、とても面白いサプライズが起きます。
例えば、実稼働しているオリジナル機が数少ない真空管駆動のユニットのひとつ、Aphex Aural Exciterをモデリングしたときのこと。Aphexユニットを知り尽くすプロデューサー兼エンジニアのヴァル・ギャレイが「ベータ版プラグインはオリジナルのハードウェアと同じ音に仕上がっているが、1つだけ違うところがある」と言いまました。それは、モデリングに使用した希少な実機固有の特性により、インサートで使用したときとAUXで使用したときに微妙に位相の変化が起きたということ。これを再現するため、オリジナル機にはないモードを追加し、インサートで使用したときとAUXで使用したときの違いを切り替えられるようにしたのです。
サプライズはこれだけに留まりませんでした。
ソフトウェアでユニットをモデリングすると、物理ハードウェアが発するノイズやハムなどの意図しない副産物を除去することは容易なことです。しかしWAVES初のアナログエミュレーション、SSL4000 Channel Stripプラグインのプロトタイプを評価したテスターの何人かが、このベータ版を「正しい音がしない」と言いました。A/B比較では音質に差がなかったので、どうしてそのような評価になるのか理由が特定できずにいました。
のちに判明したのは、人によってはハムやノイズをサウンドの一部として認識することがある、ということ。そこでハムやノイズを追加した状態でテスターに聞いてもらうと、ハードウェアとプラグインの違いが分からないという評価につながりました。以降、ジャック・ジョセフ・プイグのFairchildコンプやPulteq EQ、その他多数のアナログエミュレーションに、アナログノイズフロアとハム(50Hz or 60Hz)を追加できるオプションを加えたのです。
参照:SSL4000 Collectionの舞台裏
これらが回路図だけでは見えてこない特性です。オシロスコープや電圧計は認識できませんが、アーティストや敏感な耳を持った人によって識別されます。数学的に完璧と思われるモデリングをすることは可能ですが、真のアナログサウンドを実現するのは、ほんの少しの不完全さなのです。その違いを聴き分けるには、トッププロデューサーやミキシングエンジニアの協力が必要です。彼らの協力によってこれらの微細な、しかし最終的には重要な変動を突き止めることができます。
モデリングの現在と未来
SSLのチャンネルストリップやAPIのEQ、コンプなど、レコーディング史上もっとも重要なギアのモデリングは、これまでも、そして今後も続くWAVESの重要なミッションです。
しかし近年、ギアひとつのモデリングにとどまることなく、複数のギアを使った複雑な設定やプロセス、チェイン全体のモデリングにも取り組んでいます。複数のハードウェアを複雑に絡み合わせたプロセスは「その場所でしか得られない」音であり、単一のハードウェアをモデリングするだけでは再現できなかった特別な音作りができるというもの。
例えばAbbey Road Chambersがわかりやすいでしょう。このプラグインはアビー・ロードの第2スタジオのエコーチャンバーをモデリングしただけでなく、複雑なS.T.E.E.D(Send. Tape. Echo. Echo. Delay)効果のモデリングも組み合わせています。S.T.E.E.D効果とは、コントロールルームで信号をパラって、REDDコンソールからフィードバックループを生成し、専用のテープディレイとRS106とRS127フィルターに通してからチャンバールームに戻す、というもの。もうひとつはAbbey Road Saturatorで、EMIの卓によって得られるサチュレーションと、EMI TG12321(コンパンダー)のエキサイターを組み合わせたプラグインです。
こうしたチェインをまとめたプラグインでは、現実の世界では設定・設置に長時間を要する処理を簡単に操作できるようなユーザーインターフェイスに仕上げることにも注力しています。
参照:Abbey Road Studio 2 echo chamberとS.T.E.E.D.効果のモデリング方法
WAVESにとって、モデリングの未来は明確。私たちは、より大きく、より複雑なプロジェクトに取り組む用意ができています。アビー・ロード・スタジオのサウンドを忠実に再現するような作業は、たったの10年前には不可能でした。今後は、さらに想像もしなかったことが続々と可能になっていくことでしょう。もちろん、私たちが現在取り組んでいるのは特許であるため未来について多くをお伝えすることはできませんが、これらがリリースされたとき、きっと喜んでいただけると思います。
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