高山博 × 金澤ダイスケ(フジファブリック)WAVES Pianos & Keys クロストーク
「最新のサウンド」と呼ばれるものが毎年どれだけ生まれようとも、世の中のレコードからピアノやエレクトリックピアノ、クラビネットやエレクトリック・グランドピアノなどの「クラシカルな」鍵盤楽器の音がなくなることはないだろう。50年以上、200年以上も前に完成した楽器たちは、今もなお現代音楽の一部となっている。
2020.01.01
プラグイン・エフェクトの雄WAVESはここ数年、これらクラシカルな鍵盤楽器のプラグインを続々とリリースしている。その開発は片手間で行われたものではなく、数年に及ぶ開発期間を経てリリースされる良質な製品ばかりだ。
そんなWAVESバーチャル・インストゥルメンツは第一線で活躍するプロフェッショナルにどう評価されるのか。音楽家の高山博氏とキーボディストの金澤ダイスケ(フジファブリック)氏にお集まりいただき、体験&クロストーク会を実施した。
エレクトリックピアノの二大巨頭を再現した、Electric 88/Electric 200 Pianoを試す
金澤:WAVESといえばエフェクトプラグインが有名ですよね。僕も使っているのですが、楽器系の音源プラグインを作っているのは意外でした。一通り試してみたのですが、どれもすごく印象がいいですね。
高山:僕も、WAVESというからもう少しエンジニア寄りというか、複雑なパラメータを備えたものなのかなと思ったんだけど、ぐっとプレイヤー、ミュージシャンよりの製品だったことに驚きました。
金澤:ですよね。5種類の製品のどれもが、パッとみて迷う要素がなく、すぐにでも音作りできそうな製品ばかりですね。
高山:エフェクト部分の使いやすさもポイントだよね。それも含めて、どの製品も1画面に集約されているのがいい感じ。最初にRhodesを再現したElectric 88 Pianoを試してみたんだけど、これはポンと指を置いた瞬間に「あ、いいな」と思ってしまった。音を構成するパラメータがMain / Tines / Key Up(離鍵時のノイズ) / Mech(打鍵時のメカニカルノイズ)でできていて、欲しい音色はここの調整で大抵のことができちゃいますね。
金澤:Rhodesのソフトウェア音源はいろいろ知っているんですけど、これは一聴して立体感がありますね。
高山:音がパッと目の前に張り付いてくるというか、そこに楽器がある感じですね。Key UpやMechのパラメータを増やしてみると、MIDI鍵盤が重くなったような感覚にもなるのが不思議。
金澤:そうなんですよ。実際にRhodesピアノを弾いたことがあるかどうかによって感じ方が変わるかもですけど、強弱をつけて演奏したときに実機からも感じる「重さ」がリアルに指に伝わってきます。
高山:さらにこのKey Up(離鍵時のノイズ)やMech(打鍵時のメカニカルノイズ)を下げて、Tinesをあげて行ってみると…Mk IV辺りの時代にあった、ちょっと軽い鍵盤のような弾き心地に変わった気がしない?
金澤:本当だ、これは面白い。妙にリアリティがある感じだ。
高山:そしてパラメータを可変できる範囲が広い。この音源はサンプリングベースで作られてると思うんだけど、60年代の例えばLet it Beのころのようなイナタイ感じから、80年代AORっぽいキラキラした感じまでカバーできる。さらに面白いのは、アンプを鳴らしてマイクで収録した音を出力する”AMP"スイッチがあるところ。 つまり、AMPをオフにすれば、ラインアウトの音がでるということですね。ここまでを総合しても、ソフト音源としては世代が一つ進んだような印象だよね。実用レベルで使えるし。
金澤:ソフトウェア音源のRhodesって、上の方の鍵盤のピンピンしたところが妙にコンプ臭くて平面的になっているのが多い感じですけど、これはそれがありませんよね。演奏していて気持ちいい。ところでこの「Formant」というつまみはどういう効果なんでしょう?
高山:これは面白いよ。その名の通り全体のフォルマントが変わったように聞こえる。おそらくティンバー・シフトのようなことを背後で行なっているんだと思うんだけど、単なるEQでは得られないようなトーンコントロールができちゃいますね。例えばこのRhodesにちょっとヌケが欲しいなと思ったとき、EQでハイを上げてしまうと全体が硬質になってしまうんだけど、フォルマントならそう言ったこともなくヌケる音になってくれる。
金澤:おお!このパラメータはすごい。僕、一番使いそうな機能です。
たぶん選びきれなかったんじゃないかな(笑)
高山:このFORMANTはこの音源だけでなく、今回試す全ての製品についているのも気が利いているよね。じゃあもう一方のエレクトリックピアノ、ウーリッツァーを再現したElectric 200 Pianoの方も試してみよう。このウーリッツァーもすごくいいよ。何より、実際のウーリーでは可変できない部分まで調整ができて、サウンドバリエーションの幅が広い。Rhodesと同じく音が立体的で前に出てくる感じがしますね。
金澤:Rhodesの方にはなかった「INST 1、INST 2」というスイッチがありますが、これ何の意味なのかな?
MI:同じA200モデルをサンプリングしたそうですが、違う個体から収録されたものがそれぞれ切り替えられるようになっています。
高山&金澤:へぇ!こだわっているね(と、いい、しばらく演奏に没頭する)
金澤:確かに同じA200っぽいけど、キャラクターの違う別のものですね。どうしてウーリーだけそんな仕様になったんだろう。
高山:良い音のするウーリーA200が2台見つかってしまって、たぶん選びきれなかったんじゃないかな(笑)これもRhodesと同じで、アンプを通した(AMPスイッチをオンにした)音の方が説得力があるように感じるな。ウーリッツァー特有のプラスチッキーな感じも出ているし、メカニカルノイズが良い雰囲気を出してるし。特にKey Upの音を混ぜると、離鍵時にいい感じの裏(拍)が出て気持ちいいですね。
金澤:この音があるかないかで全く違いますからね。
高山:グルーヴも全然変わってくるよね。しかし、いい音しているな。
金澤:僕は、全てのパラメータがこのGUIに収められているというのがいいなと思いました。近年のソフト音源にしては珍しいですよね。
高山:何か小さなスイッチを押すと、別画面が出現して膨大なパラメータにアクセスできる、みたいなことじゃなくて、できることは全てこのGUIに収められているんですね。 どのエフェクトがいまオンになっていて、どういう状態なのかもパッとみてわかる。プレイヤー、ミュージシャン目線でみればすごく、気が利いてる感じがします。
プリプロだけじゃなく、本チャンでも使いたい
金澤:次はCP80を再現したというElectric Grand 80 Pianoを試しましょうか。まず、CPという楽器が今でもこうしてソフトウェア化される選択肢に入るんだ!と驚かされますね。
高山:だよね。音もすごく良くて、CP世代の僕からみると「実にCPしてる」という感じ。パッとデフォルトの音色を演奏してみると…
金澤:音が軽い!
高山:そうそう。CPシリーズは弦が短くて、サステインもグランドピアノみたいに伸びない。ピアノと同じく1つの音に対して複弦構成になっている楽器なんだけど、ピアノのように豪華な広がりがあるわけじゃなくて、単弦がなっているようなまっすぐな感じがする。それから、コンプをかけているわけでもないのにコンプっぽい音が特徴かな。
金澤:本当ですね。ピアノと思って聞くと物足りない音だけど、これはこれで一つのキャラクターある音だ。
高山:イコライザーの効きも実機のようなかかり方だよね。80年代によく使われたような、アタックの強いサウンドが特徴的ですよね。さらに面白かったのは、こいつでフォルマントを調整して+方向にグッともっていくと、タックピアノみたいな音色に仕上がる。ブライトな音色だから、アンサンブルに入っても音が埋もれることもなく、左手のオスティナートが生きるような音色も作れるよ。でも何より、よくこの状態のいいCPを見つけてきたなと思う。
金澤:そしてそれをここまで使える楽器にしてしまうWAVESもすごいですね。
高山:次はClavinet D6を再現したClavinet。これも他の製品と同じくメインの音色に加えて、メカニカルノイズ、離鍵時のノイズで音色を作って、アンプで好みの音色に仕上げるという流れですね。そしてクラビネットといえば何と言っても、オートワウエフェクトだよね。
金澤:このワウは効きがよくていいですね。まさにクラビネットに合わせてファインチューンされている感じがするし、クオリティが高い。そしてなにより、クラビネット本体のサウンドが素晴らしい完成度ですね。即戦力で使えます。
(しばし演奏に夢中)
高山:うん、本当にいいね。演奏に入り込んでしまうよ。エディットの幅が広いのも高評価で、ノイジーなクラビ、クリーンなクラビ、わずかに歪んだクラビ、なんでも行ける。これはいいなぁ..あと、なんとベンダー(ピッチベンド)が効くんだよね(笑)
金澤:おや、まぁ!(笑)
高山:だからこう、ギターライクな演奏もできるよね。ダイスケ、過去に実際ベンダー搭載改造をされたクラビネットがあったの、知ってる?
金澤:えーっ、あるんですか!?
高山:ベンドするアームがすごく重くて、たいへん(笑)、思いっきりアームを倒して1音上がるかどうか、みたいな。
金澤:チューニング大変そうだなぁ。
高山:そうそう、弦全体にベンドがかかる構造だから、弦の太さによってベンドレンジが変わるしね。そんな余談はさておき、このクラビは本当によくできている。全体がモチっとしていて、演奏していて気持ちいいよね。プリセット名はちょっと笑えるよ。「SuperWonder」とか「Mr, Clinton」だとかね(笑)
金澤:(笑)すごいギリギリのところを攻めてる名前ですね。でも高山さんもいう通り、本当によくできています。プリプロじゃなくて、本チャンでもいいくらいですね。
高山:本チャンでも全然いけるよね。D6をサンプルしたとのことだけど、この製品がよくできた楽器の1つのようだね。そしてオートワウの仕上がりは、さすがWAVESだ。
スタジオで聞くピアノの音
高山:最後はグランドピアノのGrand Rhapsody Piano。これもすごくよかった、驚いたね。
金澤:これだけ他の製品とちがって、グラフィックがちょっと格調高い感じですね。
MI:イタリア製のピアノ、FazioliのF228を使用し、8本のポジション別マイクで収録が行われた製品です。
高山:なるほど、Fazioliなんですね。収録に使われたマイクも87だとか451だとか57だとか、おなじみの名前が並んでいるね。コンデンサ、ダイナミック、リボンマイクまで用意されている。おや?リバーブがかかっているのかな?
金澤:リバーブはオフになっていますね。ルームマイクポジションのものがあるので、収録したスタジオの自然なアンビエンスのようです。これ、高音の伸びが美しいですね。
高山:個人的に好きだったのは、4007マイクをクローズのポジションに立て、84マイクをオフに立てたセッティングかな。
金澤:マイクは3ペアまでミックスできるようですね。もう1ペア、リボンマイクでも立ててみましょう。121マイクをミディアムポジションに置いたものを足してみて...
高山:このリボンマイクの音はいいよなぁ。リボンらしくアタックが丸くて。包容力のある音と言ったらいいのかな。こういう音ならわずかにディレイをかけて…
金澤:ああ、いいですね。気持ちのいい音だ。実際にこうして音を聞いてみると、サンプリングが丁寧に行われたというか、「大量にサンプルが用意されているなぁ」と感覚でわかります。
MI:WAVESのインストゥルメンツはユーザーの環境に合わせて、SD版とHD版のサンプルをインストールするマシンに合わせて選択することができますが、このGrand Rhapsody PianoはHD版だと15GBほど。WAVESとしては、マイクポジションの違いによるサウンドバリエーションにもこだわったようです。
金澤:ピアノ音源として高いレベルだと思うのですが、特に高音弦の美しさが際立っていますね。
高山:うん、このダンパーが外れている音域の鍵盤の音は特に美しいですね。Fazioliのピアノをサンプルしている他社の音源もよく使うんだけど、あっちは丸くて伸びやかな音で、一音一音が繋がるような美しさのあるイメージ。WAVESの方はダイスケが言ったように、高音の伸びが映えるキャラクターだよね。スタインウェイのピアノにあるような、金属の共鳴板が豪華に鳴るという感じではなく、密度の高い木材が鳴っていることを感じさせる音ですね。
金澤:わかります。スタジオでピアノのレコーディングをするとき、コントロールルームで聞くような整った音のイメージです。
高山:いい状態のサンプルを持っているからこそ、このサンプルを生かすために接続するMIDI鍵盤の設定をした方がいいですね。このシリーズはいずれもVelocityというつまみがあるんだけど、今日のようなウェイト鍵盤のマスターキーボードの場合には、このパラメータを少しマイナス方向に振ってあげるといい感じかな。 それから「プレイヤーズポジション」のマイクセットが用意されていることも嬉しいな。これって、演奏者が弾いている位置で収録された音なので、普段ピアノを弾いている感じになる。曲作りなんかの時にはこのマイクセットを使った方が音に没入できるかな。ハンマーの音も心地よく聞こえるしね。こういった要素が備わっているのもプレイヤーに優しい感じだよね。
高山氏、金澤氏が気に入ったインストゥルメントは…?
MI:WAVES Pianos & Keysに収録されている5種類の音源を試していただきましたが、総評をいただけますか?
金澤:僕はRhodesピアノのElectric 88とクラビネットのClavinetが気に入りました。すぐにでも制作で使いたいです。
MI:いずれの楽器もソフトウェア音源としては珍しく「ない」部類の製品かと思うのですが、どの辺りに違いを感じられ、また即戦力と評価してくださったのでしょうか?
金澤:近年のソフトウェア音源はどれもよくできているし、音も「似てるな」と思うことはあります。でも、それらを演奏してみると、いまいち満足できないことが多いんです。その理由はなんだろうとずっと考えていたのですが、今回Pianos & Keysを試してみてその理由がわかりました。立体感や奥行きがプレイヤーとしては最も大事な部分で、その点でElectric 88やClavinetには大満足でした。これらが実在する1つの楽器のように感じましたね。
高山:やっぱり、上手にサンプルを収録するテクニックを持っているんでしょうね。このシリーズはいずれも奥行きや立体感が素晴らしいですね。
金澤:プリセットも良くて、各楽器のスタンダードなものは一通り揃っているし、僕は「Creative」カテゴリも結構楽しめました。自分の制作でも使ってみたいですね。こういう冒険的なもの、オリジナルを全く無視したものを使うのも好きです。また、各楽器に搭載されているエフェクトはさすがのWAVESだなと感じました。普段は何かしらのエフェクトプラグインも併用していましたが、これならその必要もないかも。安心感もあります。
MI:高山さんはいかがですか?
高山:一通り試してみて、僕も最初にグッときたのはRhodesのElectric 88 Pianoでした。これまで話してきた通り音の立体感がすごくいい。立体感に関しては他の機種に関しても同じ印象を感じたけど、楽器がちゃんと「目の前にある」。その上でさらに奥行きがあると感じるんです。立体感を感じないソフト音源って「全てが奥」にいるんですよ。自分が演奏をしているというリアリティがなく、もっといえば「そこに楽器がある」という感じがしない。Pianos & Keysに収録された製品は、まずここが優れていますね。
全てを「実機のオリジナルの状態で」ということになってしまうと、実機の膨大なセッティングそれぞれにサンプリングしなくてはいけなくて、非現実的なことになってしまう。そこで、サンプルはなるべくクリーンに収録して、アンプのモデリングやエフェクト部分に関してはWAVESがもともと持っている技術を組み合わせて仕上げていると思うんですね。結果、どの音源も表現の幅が広い、調整できるパラメータの可変幅の広い製品になった、ということだと思います。この点では、他のソフト音源メーカーとは視点が異なりますね。
それから僕はもう一つ、グランドピアノのGrand Rhapsody Pianoも気に入りました。Fazioliをサンプリングしているとういことだったけど、僕が今まで使ってきたソフト/ハード音源のFazioliサンプルの製品とは違った毛色だったから、ピアノを選ぶときの「選択肢の1つ」になるなと思いました。マイクのチョイス、コンディションもいいから、サウンドの幅も広い。
金澤:僕としては各製品に搭載されているフォルマントが今回の試用で最大の発見でした。普通の音源にはないパラメータですもん。まさしく「推し」パラメータですね。
高山:うん、これこそ現場で求められる機能だと思う。これ、流行りそうだよね。
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