ダンスミュージックに「ヒューマン・タッチ」を
KSHMRが語る「完ぺきな不完全さ」とは?
2020.01.01
WAVESウェブサイトに投稿されていた記事の1つを日本語化してお届け。今回は数々のヒット作を手掛けてきたプロデューサー/ DJであるKSHMRに音楽制作のヒントなどを語ってもらう内容になっています。
前半はKSHMR自身のアイデアのルーツに触れ、後半ではエレトロニック・ミュージックを制作する上でのワークフローや編集プロセスにおける考え方について深く掘り下げていきます。
プロデューサー/ DJ KSHMR(カシミヤ)は、壮大なトラックを制作しながらも、シンセベースの音楽に人間的なフィールを加えることで、「完璧な不完全さ」を作ることについてのヒントを明らかにしてくれました。
Niles Hollowell-Dha(a.k.a KSHMR)は、過去10年間で最もヒットしたトラックの制作を含む、複数のプラチナ作品を手掛けてきたプロデューサーです。彼はHeadhunterz、Tiesto(Tiësto)、R3hab、DVBBS & Borgeous、Dimitri Vegas & Like Mikeなどとコラボレーションし、巨大なサウンドとスマッシュヒットを量産してきました。彼は独創的な制作のワザと戦術を明らかにしてくれました。重要なのは、微妙であること、そしてヒューマン・タッチをキープし続けることです。
幼少期のことを教えてください。子供の頃、あなたの情熱を呼び起こしたものは何でしたか?何がきっかけで、自分独自の音楽を創るための工夫を凝らしたスタジオを作りたいと思ったんですか?
私の両親が離婚し、父にはあんまり会えなくなった幼年時代。自分の人生に鬱憤が溜まっていたけど、それを解消してくれたのが音楽だった。まず、自分のコンピュータで録音する方法を考え、ビートの作り方を学んだ。嘘だと思うかも知れないけど、それまでもラップなんかもやってたんだ。曲を作るという全ての工程、このやり方を、人々に与えることこそが自分にとって大事なことになっていったんだ。
あなたの経歴には、インド/カシミール地方のユニークな文化も混在していますね。生まれ育った環境で耳にしてきた音楽は、今のあなたが創る音楽にどのような影響を与えていますか?
父はインドからアメリカに渡って来た人だったけど、古き良きボリウッド映画とビートルズが大好きだった。子供の頃はそんなに興味は持たなかったけど、少し大人になると、私は自分の生い立ちが特徴的なものだったことに次第に感謝するようになっていた。この豊かな音楽と、家にあった民族楽器を取り入れて、トラック制作に使い始めたんだ。
育ったのはカリフォルニア北部。G-Eazyやthe Packのメンバーと同じ高校に通ったんだ。学校の生徒はみんなラップに夢中だった。ちょうどHyphyが流行っていたときかな。Keak da Sneak、E-40、Mistah F.A.B. 彼らは最高だった。どうにかして自分のコンピュータとジャンクな装置でレコーディングする方法を考えた。母の家のこの場所を使って、誰にでも1時間15ドルでレコーディングしていた。CDを作って学校で売ったりもした。
レコーディング代金を受け取ることで、確実に売り物になるクオリティにしなければならないと思うようになった。速く仕事して、客に素早く良い印象を与える必要があった。ほとんどボクシングをしているみたいな気分だった。対戦相手からのパンチが飛んで来たら、どのように対処するかを学ぶしかない。俺にとって、プレッシャーのかかるシチュエーションこそが、絶好の学びの場だった。
あなたのサウンドには、ユニークなアーティキュレーション、モジュレーション、ピッチベンド、ドロップなどの特徴があり、生き生きとした印象を受けます。どのようにして、こういったサウンドを生み出しているのでしょうか?
実際のミュージシャンの演奏の仕方について考えてみるといい。プレイヤーは一音一音について考えるわけじゃないんだ。グリッドに完全にクォンタイズすれば、完璧なリズムは簡単にできる。でもミュージシャンはもたれさせる。その完全じゃない部分、不完全さこそがリアル感を生むのさ。
音楽の背後には人間がいるように聞こえさせる、自分なりの方法を見つけなきゃだめだ。ダンスミュージックの多くにはそれが無い。シンセサイザーだと、音符を簡単に半音上下させられる。ちょうどそこにポップアップする感じで。でもそれって人間のやり方じゃない。実際には半音の間の音も出すことができるし、その音を絞り出すことができるのが人間だ。半音の間の音を出すのには、ピッチベンドが有効。絞りだしたような音から、人間っぽいコードが生まれるんだ。
メロディにおいては、キースイッチでいろんなアーティキュレーションを操ることが大事。本当に正確に演奏できるなら、本物そっくりのホーンサウンドを作ることもできる。でも、プラグアンドプレイにプラスアルファの要素が必要。音をできるだけ大きくするのではなく、実際のプレイヤーが呼吸するように呼吸を感じさせなきゃダメだ。うまく演奏するだけじゃなくて、ミックスしやすいようにサウンドさせることとか、色んな追加の努力が必要になってくる。
スタジオでワークフローについて聞いてもよいでしょうか。制作、ミキシング、編集の際のプロセスの考え方について教えてください。
勢いを維持するために、できるだけ早く最もインスピレーションを得られるものをつかむのが大事。経験豊富なプロデューサーは、無限のパラメーターを操れるツール好むと思うかも知れない。でも実際は、Renaissance Compressorみたいなものを使ったりする。個人的にはオプティカルなコンプレッサーを好んで使うかも知れない。それかRenaissance Voxコンプのどっちかを使うことで、柔らかめのコンプでも、ボーカルをミックスに完全に落ち着けさせることができる。かなり透明で滑らかなサウンド。恐らく他のどのコンプよりもよく使ってる。いい結果を早く得られたら、その分すぐに次に移れるからね。
特定の種類のサウンドを模索しているときは、微妙さを追及していることが多い気がする。例えばDoublerプラグインでは、微妙さは保ち続けたまま、ヴォーカルをよりワイドにすることができる。何かを広げたいときにはDoublerで得られるコーラスのエフェクトが気に入っているけど、DoublerのEQセクションを用いて波形をコントロールしてチューニングしたり、左右にパンしたりもできる。もちろんもっと微妙な感じにもできる。制作において何かが限界に達してしまって、色々な問題が起きることがある。だから拡張性を持つことが重要だね。
微妙なことと言っていますが、あなたのプロデュースするトラックはとても壮大で大きな広がりを感じさせます。ミックスのステレオ空間をどのように作るのか教えていただけますか?
好き勝手に楽しんでやっているよ。確かに幾つものイメージング作業を同時に行う感じかな。ステレオ空間は本当に極端なこと実験的に試してみる場。例えばリリースにおいて、バスドラムの音が鳴るたびに毎回左右のサウンドをカットしたり。これはサイドチェーンと同じようなLFOエフェクト。左右の情報をすべてカットしたら、キックはモノになる。
本当にサウンドをワイドにするという面での新しい取り組みとしては、Haas効果をできるだけ避けようとしてる。サウンドをひとつずつ自分の周りに配置していくのではなく、多数のサウンドをそれぞれ自分のポジションを与えるようにするんだ。面白いだけじゃなくて、位相の問題を起こさないので、より良いミックスになりやすい。位置が特定されたものを取り扱うことができる。
その中で、Linear Phase Multiband Compressorは本当に良く使ってる。他のマルチバンドコンプの中には位相の問題を引き起こすものがあるけど、Linear Phase Multiband Compressorには位相の問題は無いからね。最終的なミキシングの段階に入ったときに使うんだ。たまに、ローエンドとハイエンドをそのまま残しておくようなときもある。明るいサウンドや重いサウンドが欲しい時には、途中で「スマイリーフェイス」原理のアプローチでローエンドとハイエンドを際立たせることもあるけど、引き算的なやり方でやっているよ。
他に好きなやり方としては、モノラルで既にいいサウンドがしているものを使って、リバーブやディレイのようなエフェクトも足してステレオ空間を埋めつくすこと。いいモノラルトラックから始めると、常にベストな結果が得られるんだ。
あなたはTiesto、R3HAB、Martin Garrix、Headhunterz、Diabloのような他の偉大なプロデューサーとコラボレーションしていますね。パッチやプリセットをお互いに共有していますか?
うん、共有してるね。誰だって、尊敬する人から学ぶのが一番いいでしょ?Headhunterz ...インスピレーションに溢れた作品だよね。一緒に作った曲の一部を使いまくってる。もう何回使ったかも分からないくらい。ダンスミュージックを好きな者同士、広い意味で慈悲深く、自由に使ってもいいと思ってる。
マキャヴェリ風の考え方を持った人だと、バスドラムのサンプルをシェアしたがらなかったり、サンプルが再利用されることを嫌がったりするのを嫌がったりすることがある。でも、ほとんどの人はシェアするよね。ある程度のキャリアがあって、アイデンティティを持ちつつ自分の存在意義を楽しんでる人々の多くは、誰かが彼らのサウンドを持っているからといって、彼ら自身にはなれないことを知っているから。
目標はスタジオで「魔法」を作り出すこと。朝起きて、制作して、眠ってを繰り返すのみ。でも、あなたは間違ってMIDIシーケンスを間違ったトラックにドラッグしてヒットを生み出したと言いました。一定のペースで納品するのに、何か魔法を作り出す秘訣はありますか?
すべてのアクシデントが魔法のように作用する訳じゃないけど、俺の場合、魔法の大部分はアクシデントによってもたらされたものと言うことはできる。誰かが魔法を実現しようと取り組んで時間を費やしたとき、その本人が魔法のように感じることは無いからね。
今日に至るまで、俺にとって最高のサウンドはいつもクールなサウンドをもたらす偶然のミスから生まれてきた。最初からやっていることは同じ。こういう表現があるよね。‘Throwing gum on the wall, and seeing what sticks’(壁にガムを投げて、くっついたものを見てみれば?)これまで、壁に幾つものアイデアを投げつけては、何がくっつくのかを見つづけてきた。何年も制作して実験を通して学ぶことで、割といいピッチャーになってきただけのことさ。
キャッチーなメロディを作る秘訣は?
そんなの、知ってる人が居るなら逆に聞きたいよ。シンメトリー、メモラビリティ、調性感などの細かなコンセプトは沢山あるけどね。自分自身を驚かせることに焦点を当てるんだ。奇妙な音符をここに置くことで自分自身を驚かせようとするんだ、また違うところにもヘンテコな音符を置いたらどうなるか。
リミックスにおいては、どのようにしてKSHMRのタッチを生み出すんでしょうか?あなた個人のタッチの着想はどこから得られるんですか?
いつも、トラックに何か足りないものを与えようとするんだ。元のトラックがポップだったら、より暗くしようとしたりする。オーガニックなサウンドなら、シンセっぽくしてみたり、その逆も。より暗めのサウンドが好きだから、少し威嚇的なコードを使ってみたり。まだトラックに足りていないものを与える、という考え方はの方法だと思う。リミックスは、プロダクションにおける選択の上で、わざと反対をしてみるいい機会だね。
影響力のある、優れたプロデューサーになるためには、音楽理論とシンセシスに精通する必要はあるのでしょうか?
先ほど、壁に物を投げつける例えについて話したけど、良いピッチャーになるための1つの方法はパターンに気づくことなんだ。どのパターンが良いかを知るには長い時間がかかるもの。じっと座ったまま、自分が何をしているのかを理解しようとすれば、少し早くつかめるのかも知れないけど。
理論を学ばなくても、最高のサウンドを生み出せるようにはなれるけど、いつか学ばなければいけない時が訪れる。結局はその本を書いた人々と同じ結論に達するのに、本を読んでいなければ10倍長くかかるかも知れない。俺は少なくとも少しは音楽理論を持っていると考えるようにしている。もちろん、あらゆる音楽理論に精通している訳じゃない。でも、困難な状況から抜け出すのに十分な知識は持ってるんだ。
一日が終わっても、ピアノとメロディだけで曲を作ることができない?もし、曲を作るために色々余計なものを必要とするなら、あなたは俺の考えるプロデューサーではない。ああ、つい爺さんみたいなことを言っちまったよ。怖っ!
音楽テクノロジー、EDMやデジタル音楽制作の未来はどうなるのでしょう?どこに向かっているんでしょうか?近い将来、どうなっているんでしょうか?
いわゆる「EDM」という言葉からは、なんだか「ウブ」な印象を受けるんだけど、それはこの音楽が産まれたばかりだからかも知れない。ヒップホップの音楽は、今はトラップと呼ばれてるし、ポップスはプログレッシブハウスと呼ばれてたりする、とかね。コンピュータで制作したからと言って、EDMを独自のカテゴリとするのは正しくない。ジャンルの境界はぼやけていると思う。コンピュータを使って作った音楽をジャンルと考えるのは、目先で物を考えすぎ。次の世代では、そのような質問が残るはずがない。すべての音楽は電子音楽になるんだから。
プロフィール
インタビュアー:David Ampong(Waves Audio)
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