WAVES Abbey Road Collection トップエンジニアが語るその真価:飛澤正人氏
飛澤さんは以前よりWAVES Abbey Road Collectionをご愛用いただいていて、中でもチャンネルストリップ系のもの、REDDやTG12345は良く使われるとのことですね。
2020.01.01
ミックスをする上でアナログ歪みが僕の中では一番大事なポイントの1つで、デジタル全盛の今、音源などもプラグインで素晴らしいものが揃ってきているけれど、やはりどこかデジタル臭の残る「痩せた音」というのを感じていて、そういったものにアナログの温かさというものを取り戻してあげる必要があるなと感じています。デジタル特有の冷たさ、痩せを感じた時は、WAVES Abbey Road Collectionの出番が増えますね。
近年は非常にリアルなプラグイン音源なども登場していますが、何か物足りなさを感じられているということですね。
ドラム系の音源なんかもそうですけど、キックなどにREDDをインサートして、何も考えずに6dBほどTone Lowをあげ、Driveをちょっと突いてあげると途端に「もうOK!」って音になりますね。僕の場合は音に細さを感じたらまずREDDか、またはRS56 Passive Equalizerを使って低域を持ち上げる。もちろん細やかなEQ処理というものも別で必要ですが、音の細さやデジタル臭さを取り除いてからやらないとダメです。REDDは各パラーメータをフルテンであげても音に破綻が起きないのもいいですね。
90年代初頭、レニー・クラヴィッツの衝撃
モデリング系の製品は市場に数多くあり、WAVESからも多数のプラグインが登場していますが、SSLやAPI、1176やPulteqなどは、今でも多くのスタジオで実際に触ることができるものばかりです。ところが、Abbey Road Collectionに収録されているものは全てアビー・ロードスタジオに門外不出として設置されているもので、なかなか触れられるものでもないかと思います。アビー・ロードの音といえば、飛澤さんはどのようなイメージを持たれていますか?
僕はビートルズ『後期』が「リアルタイム」だった世代で、あの当時のブリティッシュサウンドが大好きだったんですよ。ラジオから流れてくるあの歪んだドラムの音なんかはもう「体に染み込んでいる」と言ってもいい。歪んでしまっているものがそのまま作品になってるものが多いんですよね。
今では考えにくいことかもしれませんね。
どこで歪んでいるのか、例えばマイクの時点で歪んでしまっていることもあっただろうし、多くの場合はアナログコンソール卓とか、テープへの録音レベルも結構突っ込んで歪んでいたりもした。いろいろな所で歪みが「狙い」なのか「やむを得なかった」のかは別として、とにかくあの歪みがめちゃくちゃ格好いいわけです。僕もミキサーになってから「あの歪みの質感はどうやって作っているんだろう」と色々と試してみたりもしました。
飛澤さんがエンジニアになられた頃といえば、すでにもうCDリリースが当たり前の時代ですよね?
そうですね。「いかにノイズを減らすか」みたいなことが課題になっている時代だったのですが、そんなタイミングでレニー・クラヴィッツが90年代初め、アナログ歪み全開のサウンドでCDをリリースしたんです。
私は当時まだ中高生でしたが、それでも衝撃的なサウンドだ!と感じだ記憶があります。
そうですよね。あれを聴いて自分の中に思い起こされるものがあったんです。綺麗に作っているだけじゃダメだ、と。自分が子供の頃に聴いていた「あの音」がレニー・クラヴィッツから、しかもCDでリリースされた。デジタル環境であっても録りの音にこだわると、ここまでできるんだというのが結構ショックでもありました。
レニー・クラヴィッツといえばアビー・ロードスタジオにかつて設置されていたREDDを買い取って所有していましたよね。93年リリースのAre You Gonna Go My Wayでは、ジャケットにもREDDコンソールが写っていました。
そう。WAVESがプラグインとして蘇らせたREDD37はまさにその個体で、いかにもREDDなサウンドを出してくれます。アナログを取り戻す、温かみを出すというね。デジタルって音がやはり淡白というか、綺麗すぎるんですよね。どこかでサチュレーションが起きて、二次倍音、三次倍音がでて初めて音に温かみがでる。REDDはその質感をうまく表現してくれるので、僕にとっては無条件にインサートしたくなるプラグインの1つになりました。
REDDの質感は飛澤さんがリアルタイムに聴いていた音の感覚、記憶を震わせてくれるものなんですね。
もちろん僕自身、アビー・ロードスタジオを「使った」ことはないけど、若い時によく聴いていた音楽って感覚として体に残っているんです。REDDをドラムのトータルにインサートして、ローをフルでグッと上げてみると、単純に低域が出てくるだけでなく、倍音が持ち上がって音の骨格がしっかりしてくるんです。ただ単にローが持ち上がっただけ以外の効果が出てくるんですね。普通のEQでローをグッと上げただけだと「ただ単に音がモコっとしただけ」になりますが、REDDは音が悪い方向に変わらないのに、太さが出てくる。EQ的にローが持ち上がる「以外」のことが起きているように感じます。
WAVES REDDにはオリジナル機にはない、MSモードが搭載されていますが、MSモードを使われることはありますか?
あります。REDDの場合はよく使いますね。センターを強くプッシュしたいときにMSモードをよく使います。このキャラクターをMSモードで使えるのは、プラグインならではで嬉しいですね。
何でもアナログっぽく歪ませればいいということではない
コンソールの歪みというテーマが出ましたが、テープの歪みについてはいかがですか?WAVES Abbey Road Collectionの中には、こちらもアビー・ロード設置のアナログテープレコーダー、J37 Tapeをオフィシャルにモデリングしたものが収録されています。
僕が業界に入った頃は、まだまだアナログテープレコーダーが使われていた時代だったので、当時は「どうやってテープ歪みを得るか」という実験もたくさんしました。その時の経験があるから、テープの歪みでどこがオイシイポイントか、どこが温かくなるかを把握できました。J37 Tapeにも「Drive」というテープ歪みを得るパラメータがありますが、REDDと比較すると「綺麗な歪み」に仕上がりますね。対してREDDの歪み方はダーティーな歪み。もちろんソースの低域の入り方によって異なるけど、僕の場合J37 Tapeに関して触るパラメータはテープスピードとDriveつまみだけ。ちょっと突っ込み気味にレベルを入れたときの音が「綺麗」って感覚、わかりませんか?(といって、サウンドを再生する飛澤氏)
この音を聴いて、初めて「テープサチュレーション」という言葉を意識できました。確かに先ほどまでのREDDと違って「綺麗」という言葉がしっくりきます。それから、歪むことで浮き出てくる倍音もまた素晴らしいですね。
「テープサチュレーション」なんて言葉を使ったりしますが、つまりは「倍音歪み」のことです。音って、打楽器やキックの音1つであっても音程感があるので、Driveつまみのようなものを使うことで、その音程感に付随して倍音が増えていく、という概念をもっておかないとダメ。ただ挟んでただ歪ませても意味がないんですね。倍音が出てくることでベースの邪魔をしてしまうことだってある。ここは、耳を使って判断をするしかありません。
歪みにも種類があって、使い分けが大事ということですね。
もちろんそうです。他にもTG12345などを使って歪ませたり、トーンコントロールをするケースもありますが、あくまでも元の音を聞いた上で「これはREDDが合う」「これはJ37かな」と判断して使い分けていますね。
注意すべきは、なんでもアナログっぽく歪ませればいいわけではないということ。「膨らみを持たせた歪みがほしいか」どうかも考えなくてはいけないですね。例えば僕の場合、ベースなどはAbbey Road Collectionのツールは使わずに、WAVES Renaissance Bassなどを使って倍音を膨らませることが多いかな。
2015年に弊社にて開催させていただいた「WAVES Universe」というセミナーイベントで、飛澤さんが整数倍音表と共に解説されていたことを思い出しました。
あの時もキックの太さとか、そういったお話で倍音のコントロールについてお話したと思うんですが、ギターとベースを繋ぐところがおそらく100〜300Hz辺りにあるとして、ここがどう充実しているかによって、ギターとベースが「手を繋いで」くれる状態になる。離れちゃうと心地よさがなくなってしまうし、音楽的に「スカスカ」になってしまうんです。ベースの2倍音、3倍音があるのがまさにこの辺の帯域なんです。実はこの辺は、小さい家庭用のスピーカーだったり、スマホであっても「ベースラインを感じられる場所」なんですね。僕はこの調整を、EQではなくて倍音コントロールでやるんですよ。
倍音歪みで特定の帯域をコントロールするという意味では、REDDやTG12345、J37 TapeなどAbbey Road Collectionに収録されたプラグインは適任ということですね。
そう、インサートしてちょっとツマミをひねることでよい歪みが生まれてきて、音楽的な音になる。他にもAbbey Road Vinylなんかも使いますね。倍音歪みで暖かく、太くなる。あれはカートリッジのMM・MC・DJの切り替えなんかもあるけど、針を使ったことがない人からすると「何のこと?」と思うかもしれないですね。僕らはここにこだわってやっていた世代なので、よく分かります。しかもさほどコントロールできるところも多くないので、無駄なことに頭を占領されず、すぐに目的の音にたどり着けますね。
それは、飛澤さんのこれまでの経験も相まって、とも言えるのではないでしょうか?
もちろん経験は大事なことですが、でも簡単なことなんです。音は"好きか嫌いか”だけですから。そのプラグインは補正のために入れたいのか、違う目的で入れたいのかを意識するだけでも違うと思います。経験という意味では、幾度となく差し替えたプラグインの感触や記憶を「自分の引き出し」にしまうことができて、あるセッションでは合わなかったものでも別のセッションで「このセッションなら合うかもしれない」と引き出せるかどうか、ということかもしれませんね。
プレートリバーブは「そこ」が難しい
空間系はいかがでしょうか。アビー・ロードスタジオにあるプレートリバーブ、EMT 140をモデリングしたAbbey Road Reverb Plates、チャンバーリバーブのAbbey Road Chambersなど、ここ最近はリバーブ系プラグインにも続々とリリースされています。
Abbey Road Reverb Platesはリリースされてすぐ使い始めて、今も使いますね。EMTのプレートは実際にも使っていましたし、アビー・ロードスタジオでレコーディングされた作品はプレートリバーブの音にすごく特徴がありますよね。
EMT 140という意味ではWAVES以外にも「リアルな」リバーブはあるのですが、アビー・ロードスタジオに常設されているEMT 140の音をモデリングしたというAbbey Road Plateはすごく特徴あるEMT 140だと感じました。自分が知っているEMT 140じゃない音で「アビー・ロードスタジオのプレートってこんな感じなんだ」と楽しませてくれますね。プレートも4種類あって、プレート感を出したいときはこれ、中域を目立たせないならこれ、空間を綺麗に作りたいときはこれ、といった使いわけができます。オケの中に入れても「消えにくい・埋もれない」プレートの音で、存在感があります。
プレートリバーブというと、単体のトラックで聞いているときは美しさを感じられるのに、ほかの音が重なってくるにつれて埋れてしまったり、美しさが損なわれてしまうという印象があります。
重なってくるトラックがディストーションのかかった音なんかだと簡単に埋れてしまいますね。プレートリバーブはそこが難しくて、ソロで聞いたときはいいのに、他の音が重なったときに簡単に「いなくなっちゃう」んです。ところがAbbey Road Plateはそれがないですね。存在感があって、消えない。見える・魅せるリバーブが欲しいときにこそ使いたくなる音です。
リバーブトーンの存在感は、EQなどで補正してどうにかなるものではないのですか?
もちろん、それも一つの手段だと思います。単なる補正でいいのであればEQだけで十分でしょう。でもこのAbbey Road Plateは「このリバーブで色付けをしたい」と明確な意思をもって使いたくなる理由があるんですよ。他のEMT系リバーブプラグインとは、音が違いますね。
やはり、アビー・ロードスタジオという長年の歴史そのものでもあったりするのでしょうか。
あのスタジオはミックスのエンジニアだけでなく機材を作るためのエンジニアたちもたくさんいるわけですから、全てカスタム機器だし、手作りのようなものですよね。当時のエンジニアたちがREDDやTG12345を回路設計からオペアンプの1つまでこだわって作ったものを通して出てきた音がヒットソングの中心になったわけですから。REDDであれTG12345であれ、そしてリバーブ1つとってもキャラクターがあって、他にはない音です。
人々を中毒にさせる音であり、一つの基準になったのかもしれませんね。
例えばイギリスは国内の電圧が240V(注:日本は100V)ですが、SSLやアウトボードなどのアナログ機器は、製造された土地の電圧で動かしたときに本領を発揮すると思うんです。僕自身も、日本でレコーディングしたものをイギリスのスタジオのSSLで再生してみたら「あれ、こんなにいい音で録れていたっけ?」と感じたことがあります。そのときに、電圧と機材の関係って大きなことだと思ったんですね。もしも日本にアビー・ロードのREDDコンソール実機が来たとして、100Vから240Vに昇圧して動かして見ても「その音」はしないでしょうね。でも、リアルにモデリングされたプラグインなら電圧に左右されることはないのだから、その分録り音をしっかりしようという考えになる。
WAVESのスタッフも、例えばTG12345(プラグイン)の開発時にコンソール丸ごとを借りることはできなかったため、1個づつ送ってもらって各モジュールをモデリングし、サウンドのテスター、監修役にアンドリュー・シェップス(レッド・ホッド・チリ・ペッパーズ他)などのエンジニアを迎え、チューニングを繰り返したそうです。
だからでしょうね。ローのつまみをクッとあげたときの太っとさが心地いいんですよ。色、フレーバーが十分に感じられるので。
アビー・ロードのサウンドは飛澤さんのミキシングに染み渡っているという感じなんですね。
シンプルにブリティッシュロックが好きというのはありますね。ビートルズを頂点にブリティッシュロックって「引き継がれているもの」があるじゃないですか。アメリカのロックとは空気が違うあの感じ。音も一緒で、僕もまた「あの音」が好きだというのはありますね。WAVES Abbey Road Collectionは、デジタル全盛の今だからこそ使いたいアナログフィールに溢れていますね。
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