最新ライブ環境で活躍するDiGiGrid IOS FOHエンジニア佐々木優
様々な入出力のオプションが用意されているDiGiGrid製品の中で、8イン/8アウトのアナログ入出力とプラグイン処理を行うサーバー機能を搭載したオールインワンボックスが、DiGiGrid IOSである。
DiGiGrid製品の中でも最もポピュラーな本機、これまでどちらかと言えばレコーディング/ミックス用のオーディオ・インターフェイスとしてフィーチャーされるケースが多かったが、実はライブPAを行うFOHエンジニアのプロセッサーとしても需要が多く、数多くのライブ現場で使用されている。
スピードとクオリティが同時に求められるライブ現場にて、IOSはいかに活用されているのか。様々なライブの現場でIOSをフルに活用されている佐々木優氏に、その接続方法やプラグインの使用例を詳細に伺うことができた。2Uラックスペースに秘められたDiGiGrid IOSのライブ用途での可能性を実感できる充実の内容となっている。
2020.01.01
現場が違っても同じ感覚で使用でき、かつ頼れるプロセッサ。さらにどの現場でも接続やセットアップに困らないもの
佐々木さんはDiGiGrid IOSの存在を知るや、即座に導入を決められたとのことですが、導入に至った経緯は?
多くの現場で一緒になることの多いマニピュレータの青木繁男さんに教えてもらいました。青木さんとはよく機材の話もするのですが、僕が「こんなことができる、こういう仕様の機材があったらな」と話していたことを覚えてくれていたようで、「これ(IOS)があれば、やりたいことができるんじゃない?」と教えてもらったんです。内容を見てみたらまさに理想的なものだったので、すぐに購入しました。
現在も日々の現場でご使用されているとのことですが、IOSをどのような構成でお使いですか?
比較的シンプルな使い方をしていて、コンピュータにWAVES MultiRack SoundGridをインストールし、IOSをマルチチャンネルのアウトボードプロセッサとして使用しています。コンソールとの接続もキャノンコネクタ(XLR)でアナログ接続です。
MultiRackはプラグインのプロセスのみを行う、シンプルなアプリケーションですね。まさにハードウェアのラックのようにプラグインを使用できる動作も軽快なソフトウェアです。DiGiGridの中でもIOSを選択された理由は?
複数のアーティストさんを担当させてもらっているので、毎日違う現場ということも珍しくありません。当然ながら会場ごとにコンソールが違う、用意されているインサート用のプロセッサも違うといったことが日常茶飯事です。デジタルコンソールが主流になった今は「コンソールのアップデートで前回使えていたプロセッサが使えなくなった」なんてこともあります。FOHエンジニアというのは、まずこの「日々の環境の違い」との戦いでもあるのです。
なるほど、あると思っていたプロセッサがなかったとなると、困りますね。
さらにフェス会場などの場合には、セッティングに時間をかけることができません。そのスピード感といえば、大げさではなく秒単位です。「最後にこれだけ確認させてください」ということができないんですね。ですが、オーディエンスの方々には最高の音を届けなくてはいけない。そのためには「現場が違っても同じ感覚で使用でき、かつ頼れるプロセッサ。さらにどの現場でも接続やセットアップに困らないもの」というのが大前提でした。
その理想を叶えるものが、DiGiGrid IOSだったということでしょうか。
はい。ただ、前提としてお話ししておきたいこととして、FOHエンジニアである以上「何々がないからそれはできません」ということは言えません。自分の機材が持ち込めない環境であったとしても、そこにある機材だけで最高のものを作ることが求められます。そういう意味でインサートのエフェクトは塩・こしょうのような「調味料」のようなものだと考えています。つまり、それがなくても料理として成立させなくてはいけないけど、IOSを使ったMultiRackの環境があるなら、最高の体験までを提供できます、ということですね。中でもIOSは「最高品位の調味料」と言えます。
DiGiGrid IOSは、8chのアナログ入出力を備えています。インプットは全てキャノンコネクタ(XLR)で受けることができ、アウトプットはD-Subのマルチでキャノン出力ができます。フェスなど多くのエンジニアさんが入れ替わるような環境では、現場スタッフさんに事細かな要望の説明をするわけにもいかないので、シンプルな説明で済むことがトラブルの回避にもつながるのですが、僕の場合は「インサート(プロセッサ)を使いたいので、8系統の入出力をキャノンで用意しておいてください」という説明だけで済みます。この説明で齟齬が起きることはないですからね。もちろん将来的に「ほぼ全ての現場で」MADIやSoundGridネットワークが当たり前にあるようになれば、IOSもそれらの方式で接続をするかもしれません。しかし「ある現場では使える、こちらの現場では使えない」という状態を作っておくのは嫌でした。
SoundGridネットワークはIOモジュールを追加していくことも簡単ですが、IOS単体ではアナログ8chの入出力になります。佐々木さんが手がけられているライブの規模を考えれば、もしかして不足を感じられているのではと思いましたが、いかがですか?
今のところ全く感じていませんね。例えば32chのプロセッシングをできたとしても、32chの「プロセッサ」を「ライブ中つねに」気にしなくてはいけないというのもどうなんだろう、とも思います。本番中、エンジニアとしてはプロセッサよりもフェーダーを気にするべきで、フェーダーを気にしつつプロセッサをチェックするとなると8ch以下くらいで十分だと考えています。サイドにあるコンピュータ画面を見ながら仕事をしているわけじゃなく、あくまでステージと進行表を見ながら行うものですからね。
たしかに、最も大事な部分です。
要所となるところにインサートでプラグインを使っているので、現場が変わってもIOS + MultiRackの環境が使えればそれだけで解消される問題が数多くあります。個別のチャンネルをはじめ、マスターにもインサートを使っていますからね。そしてWAVESなどSoundGrid対応のプラグインならプロセッシングに不足は全くない。さらに、秒単位の時間制約がある大型フェスなどの現場でもIOSとラップトップを持ち込み、電源を入れ、XLRを必要な本数接続するだけですからセットアップも時間がかかりません。まさに、僕が求めているものを全て備えているんです。
ライブの現場では、こういったツールも珍しくなくなってきたと言えるのでしょうか?
そうですね。僕が知っているだけでも数名のエンジニアが現場にDiGiGridを導入しているし、中には複数台数を使っている人もいますよ。それに、いいプロセッサーも揃っているわけだから、難しそうだから使えないなんて言っていられる時代ではなくなりましたね。
では、佐々木さんが普段の現場の中でよく使うSoundGridプロセッサーを教えてください。現在SoundGridフォーマットに対応するプラグインはWAVES、Sonnoxの一部、Flux::、Plugin-Allianceの一部などがあります。
なかった頃のことを忘れたいくらい
WAVESが多いですね。PlatinumバンドルとSSL4000 Collection、それから単体で購入しているプラグインもいくつかあります。よく使うプラグインといえば、まずVocal Rider Liveですね。これはもう、最っ高のツール。ボーカルには必ずと言っていいほど使います。
Vocal Rider(Live)は入力音声に対し、常に一定のレベルで出力されるように音量調整を行うプロセッサです。いわば多くのFOHエンジニアさんが常に行なっている「手」の作業ですね。
もちろん自分の手による補完は行うのですが、ボーカリストの抑揚に合わせてものすごい細かいフェーダーの動きで一定レベルに保ってくれるわけです。Vocal Riderがあることで、大きな流れでレベルを監視することができるようになります。これはFOHエンジニアなら分かってもらえると思うのですが、オペレートをしていて歌い手さんの不意の動きなどのときにレベルが変わってしまって「あっ(と思って急いで対処する)」と思うことがなくなりましたね。心配の要素が減った分の時間で他のことにも目を向けられる余裕ができるので、効果は絶大です。Vocal Riderがなかった頃のことを忘れたいくらい、はるかに楽になりました。
音作りで使用するようなプラグインはありますか?
SSL4000 Collectionですね。これもチャンネル、マスター問わず使います。心地の良いザラつきが得られ、デジタルコンソールでもアナログ卓でオペレートしているような気持ちよさがあります。インサートするだけでわずかにキャラクターがつくのが好きです。このSSL4000に加えて、F6が「絶対に手放せない」プロセッサです。
F6 Dynamic EQ、フローティング6バンド+2フィルターのダイナミックEQですね。設定したスレッショルドで「コンプ」ではなく「イコライザ」が設定したタイムでかかります。発売から間もない部類のプラグインですが、発売と共に入手されたのでしょうか?
はい、発売されてすぐに購入しました。F6が出てきたおかげで、残念ながらC4、C6(いずれもマルチバンドコンプレッサー)の出番が全くなくなってしまったのですが(笑)、今までのあらゆるツールを覆すほど最強のプロセッサではないでしょうか。僕の周囲のエンジニアも同様で、ほぼ全員がF6オンリーに変わりました。ボーカル、ベース、マスター、どこにでも使っています。
F6のどういったところがお気に入りですか?
設定がかなり細かく、正確に追い込めることですね。1つの周波数帯に対してダイナミックEQが作動するアタック、リリース、レシオ、レンジ、Qほか、今までのツールでは諦めていたところまで追い込めます。音が悪い方向に変化してしまうこともなく、ライブでは絶対に避けるべき突発的なピークを「その瞬間だけ」抑えられます。僕の場合はボーカルのチャンネルに対して、F6をかけたあとにVocal Riderをインサートしているのですが、F6で音質に安定を得たあとにレベルをVocal Riderで安定させる、この組み合わせが完璧なんです。今まで多くの時間がかかっていたのはなんだったんだろう…というレベルですね。
ツールがなくても各現場で対処されてきた経験がおありだからこそ、佐々木さんの言葉には説得力を感じます。F6はマスターチャンネルにもお使いとのことでしたが、こちらではどのような使い方を?
メインアレイスピーカーへのアウトプット最終段にインサートして使っています。各現場で「痛く」聞こえるピークを抑えることが目的ですが、これを入れておくことで、何かのチャンネルのレベルをあげても「突発的に音が痛くなる」ことを避けられる、いい意味でピークが「止まって」くれるように設定しています。
F6はコンプではなくEQですから、音が潰れてしまうような”副作用"もないのが、現場と音にとっていい結果を生んでいるということですね。
そうなんです。だからエンジニアとしては迷いなく安心して上げたいフェーダーをあげることができるし、結果的にミックスをすることに集中でき、以前よりも自由度が増したなと感じますね。IOSにはものすごく助けられていますが、それはプラグインによって音が良くなったということだけではなく、自分自身に余裕がうまれて多くのことに気を使えるようになったからとも言えますね。
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