moumoon 「FULLMOON LIVE TOUR 2018 〜Flyways〜」@ 恵比寿ガーデンホール ライブ収録レポート
初夏の日差しが眩しい2018年6月、「FULLMOON LIVE TOUR 2018 〜Flyways〜」の地元東京での最後の公演が恵比寿ガーデンホールにて行われた。このライブでは長年moumoonを影で支え続けてきたエンジニア森田良紀氏がライブ音源をマルチトラックで収録することが決まっており、今回はWaves SoundGridネットワークをフル活用したシステムが採用された。
この記事で解説するシステムで収録されたマルチトラックの音源を森田氏が再ミックスしたサウンドは、このYoutubeビデオで聴くことができるので、ぜひチェックして欲しい。
2020.01.01
ライブレコーディングのセットアップ
恵比寿ガーデンホールには、常設でYamaha CL5がFOH卓として、ステージには同じくYamahaのRio-3244が2台設置されており、ステージからFOHまでの回線はDanteネットワークで結ばれている。今回のレコーディングではステージのモニター卓の側に設置されたDanteのネットワークスイッチから、ステージ上のマイクやDIからの信号を分岐させ、Direct Out TechnologiesのDante / MADI コンバータEXBOX.MDでMADIに変換、さらにDiGiGrid MGBでSoundGridに変換してからバックアップも含めて3台のコンピューターに接続、約40chのトラックを同時にMacMini 2台とMacBook Pro(Waves Tracks LiveとStudio One)でマルチトラック・レコーディングしている。
このようにステージ上のサウンドはDanteからの分岐を経て、Rio-3244のマイクプリを経てAD変換された信号をデジタルのままMacに録音したが、ライブレコーディングでは、会場の雰囲気を伝えるために、オーディエンス・マイクの適切な設置は欠かせない。
ステージ上手と下手に立てられたSennheiser MKH 416-P48U3とAKG C414TLⅡ
ステージセンターにはAudio TechnicaのバウンダリーマイクAT871Rが置かれている。
キャットウオーク上に設置されたDiGiGrid D、客席中央付近にステレオで吊られたDPA 4091のマイクプリアンプとして使われた。キャットウオーク上で電源を確保することが困難なため、このDiGiGrid Dが採用された。ステージ裏手に仮設置されたレコーディング・テーブルのDiGiGrid Sから50mのCat 6ケーブルを走らせ、PoE(Power Over Ethernet)で電源を供給することで、長いアナログケーブルの引き回しを回避している。
長机2枚分のレコーディング・デスク全景
Studio Oneでレコーディング中に仮ミックスを行っていた。3台のコンピューターで同時収録していたので、バックアップも万全だ。
Grace m108のマイクプリアンプとDiGiGrid IOXを通したオーディエンス・マイクの信号、Dante-MADI回線、キャットウォークに設置されたDiGiGrid DからのSoundGrid信号は、ここで一つのSoundGridネットワーク・ハブにまとめられている。すべての信号が集まる場所となるため、これらの機材の電源コンディショナーのGPC-Tから取られている。
レコーディングとミックスを終えて。森田良紀氏インタビュー
恵比寿ガーデンホールのPAシステムはDanteで組まれていて、Dante信号をMADI経由でSoundGridに変換してマルチの録音をされていましたが、今回の収録でSoundGridネットワークを採用したのは、どうしてですか?
SoundGridは、DanteだったりMADIだったりいわゆる既存の規格を使ったものではなくて、私にとっては新しいネットワーク・オーディオの規格でした。気にはなっていたんですけど、なかなか手を出せなかったのですが、いろいろ調べているうちに「なんかこれすごく合理的にできているな」と感じたので、今回試してみました。あとはDanteと同じようにEtherケーブルをコンピューターに繋げばマルチで128chまで録音できて、複数台のバックアップPCを回せるというのがライブ録音では魅力的で採用しました。
SoundGridを初めて使ってみて、ずばり印象をお聞かせ下さい。
結果はすごく良かった。今回録音に使ったコンピューターはMac miniとMacBook Pro。しかもOSが全部違う。そういう状況の中、ドライバも安定していて、エラーが起こることもなく負荷も少なく録音できていたので、本当に「こんな簡単にできるんだな」という印象でした。DiGiGridのルーティングのところも、回線数が多かったのでややこしいなと最初は思ったのですが、少し触り始めるととてもわかりやすいし、何より他のネットワーク・オーディオ規格の設定ソフトウェアと比べてはるかにGUIがわかりやすい。他のネットワーク・オーディオ規格のコントロール・ソフトウェアは「この設定どっちにしたら良いんだろう?」とか不安があるのですが、それが一切ない。新しい規格だということもあるのでしょうが、素晴らしいと感じましたね。
SoundGrid Studioの機器設定画面。3台のREC用コンピューター、接続されているすべてのSoundGrid対応ハードウェアが見えている。プリアンプゲイン、クロック切替など、機器固有の設定はすべてこの画面からアクセス可能だ。
SoundGrid Studioのパッチ画面。DiGiGrid MGBとIOXから40ch以上の信号を3台のMacにパッチしていた。
SoundGridの場合、ハードウェアは各ハードのメーカーが作っているのですが、コントロール用のソフトウェアとか仕上がりの検証は全部Wavesと各メーカーが共同でやっているので、そこが触りやすさと親和性の高さに繋がっているとは思います。
そうですね。各機器の状態が把握しやすいというか。それがいいですね。
SoundGridからちょっと離れるのですけど、多分うちのページにきて読んでくださる方の興味がある部分だと思うのですが、今回オーディエンス・マイクの数が多いと思いました。違った場所に合計8本でしたよね。その狙いはなんでしょう?
一つめはガンマイク。昔のライブ録音って、会場の雰囲気、それこそPAから出てくるアーティストの2Mixの雰囲気も含めて録音するというのがオーディエンス・マイクの役割だったのですが、最近はお客さんの歓声などをmixの際に大きめに混ぜる事が多いのでガンマイクを使ってなるべくお客さんの声にフォーカスした録音が出来るようにしています。同じスタンドの下に設置したAKG 414は、従来通りのオーディエンス・マイクの役割です。つまり、ガンマイクはお客さんの真ん中の方を狙っていて、AKG 414の方は前列の方という分け方をしています。あとバウンダリーは、収録後ミックスをしていてセンターが弱いなと感じることが多かったので、ちょっと補助できればなと。ステージ前のセンター付近にマイクを立てるというのは邪魔ですし見え方もよくないので、それを無くすためにバウンダリーを置きました。このマイクにはもう一つ別の理由があって、ライブの終盤で、よくアーティストがマイクを外して「ありがとうございました!」とか言うことが結構多いんですよ。お客さんに向かって生声で何か伝えたい。意外とその時の声が拾えないんですよ。センター付近にバウンダリーを置くことによって、そういう声も含めたものを録るという狙いがあります。多分あまり通常やっていないようなことだと思うのですが、気付いている人はやっていると思います。 あと吊りマイクはごく普通の使い方かと思います。
なるほど。またSoundGridの質問に戻りますが、記事の中の写真にもありますが、EthernetでしかもPoE対応のメリットを活かして、キャットウォークにDiGiGrid Dを置いていましたが、プリアンプの音質はいかがでしたか?
同じ状況で他を試してないのでなんとも言えないですけど、全く問題がないというか。プリアンプをマイクの近くに置けたことのメリットがものすごく大きくて、音が近いというか、ライブ録音でよくある遠さみたいなものはない。かつ音に対する反応が良いので、より音のスピード感を感じるというか。用途によっては「今後ありだな」と思いました。
ライブで収録したマルチトラックのミックスですが、もちろんスタジオで収録したセッションとは違う手法でミックスをされていると思います。ライブ収録音源のミックスで森田さんが目指していること、良く使うテクニックなどあれば是非教えて下さい。
目指しているところは、ライブに来た人が「あぁこのライブ良かったよね」って音を聞いて思えるものです。あとは映像とのシンクというか親和性。その辺の部分はすごく気にしてミックスしています。日本のライブミックス音源にありがちな、すごく音が遠い感じというか、オーディエンスをすごく上げているのか、遠い感じというか。海外のライブDVDってすごく音が正直良いですね。その違いはドラムとかそういう音の粒立ちがハッキリしていて。日本の音源はその辺がちょっとボヤッとしていることが多い気がします。自分はそこをボヤッとさせずに、向こうの雰囲気に近付けたいというか。そういう意味では少しドライ寄りなのかもしれないです。ライブのPAスピーカーから出ていた音の感じとはまたちょっと違うと思います。
ProToolsで編集しているのですよね?
そう、Pro Toolsです。テクニックかぁ…。先に全体の音を作って、個々のリバーブ等々をかけるんですけど、最終的にそのインストの2Mixをバスにまとめて、歌関係の2Mixをまたバスにまとめています。そのバスをセンドで送り、いわゆる「ライブハウスの雰囲気を再現するようなリバーブ」特にAltiVerbとかサンプリング・リバーブ、サンプリング系のリバーブを薄く足すことが多いですね。それで繋ぐというか。もちろんそれをかけなくても、音のリバーブ感を含めてある程度出来上がっているのですが、さらにそこに空気感を足してあげるようなイメージです。オーディエンスの音で足してあげるというよりは、そういうリバーブの音で作ってあげることでよりクリアにするという工夫をしています。
ありがとうございます。今回は3台のMacで同時にマルチトラック・レコーディングしつつ、そのうちの一台のStudio One上ではラフミックスをされていましたね。
はい、その理由としては、映像収録チームにすぐ渡したいとか、アーティストがすぐ聞きたいとか。そういう要望があった時にすぐ渡せるようなものを用意するためです。あとはその時の自分の感じていた雰囲気をラフで残しておきたいということもあります。
Waves SoundGrid(ネットワーク・プロトコルの名称)またはDiGiGrid(SoundGrid対応のI/Oを多数リリースしているブランド)に今後期待したいことがあればぜひお聞かせください。
リモートの小型のPoEで動く4chくらいのプリアンプがもう最高に欲しいです。
あとは…DiGiGrid [S]を今回使いましたが、PoEのハブはもう少し小さくなればいいかな。
一応他社製品でもSoundGrid対応のものがあると思うのですが、Dante対応の8chのプリアンプとかは選択肢が多いですが、今後DigiGridから拡張ボードみたいな感じでも良いので8chのプリアンプをリリースして欲しいですね。
もう一点、SoundGridのアプリはDAWの裏に立ち上げておく必要がありますが、メニューバーに常駐する形だったら良いですね。
今後のライブ録音では、SoundGridを最終的な規格として使うのがいいのかなと思っています。DanteとかMADIとか様々ありますが、それらは共通の規格として考えておいて、最終的な録音の規格としてはSoundGridに変換するのがリスクが少ない感じがしています。MADIとかそのまま使って良い面もあるけど、メリットがない部分もやっぱりあったので。
ありがとうございました!
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